第4節 社会分野より「ダイバーシティ」から考える教育
多様性と訳されるこの言葉の定義は様々です。私の師である小笠原悦子(女性スポーツ研究センター長 / 順天堂大学大学院スポーツ健康科学科 )教授は、著書「スポーツマネジメント(大修館書店)」の中で次のように紹介しています。
・相違や類似として特徴づけられる項目の混合体である
・個人的な人間の違いである
・ダイバーシティは明らかに異なった、社会的に関連したグループ属性を持つ社会システムの中に居る人びとの混合である
スポーツに限らず国際化が進み続けている現代において、重要なキーワードです。
ダイバーシティの歴史
アメリカでの歴史が長く、1863年に第16代大統領 エイブラハム・リンカーンによる「奴隷解放宣言」を出したことが始まりとされます。その百周年に当たる1963年にキング牧師がワシントン大行進を成功させ、翌年64年に公民権法が成立しました。その後も70年代にはウーマン・リブ(Woman’s Liberation)により女性の参政権が認められるようになり、80年代になってようやく大企業を中心に、競争力を高める人事戦略としてD&I(ダイバーシティ&インクルーティブ)の考え方が広まりました。
ダイバーシティの分類
観察が可能か否かで、表面レベルと深層レベルに分けられます。表面レベルでは人種や民族、ジェンダー、年齢などがこれに当たります。一方、深層レベルでは教育や能力、キャリア、性的指向などがこれに当たります。また、各局面ごとに分ける場合は次のようになります。
①民俗学的:国籍、地域、言語など
②属性:年齢、ジェンダー、住所など
③地位:社会的、経済的、教育的など
④性的指向:ヘテロ、ホモ、バイセクシャルなど
日本でも「LGBTQ」が話題とされることが増えてきましたが、”ジェンダー”に該当するダイバーシティという枠組みの中のひとつでしかないことが分かります。
今も続く世界的課題
人種差別に限って取り上げると、15~19世紀にかけてはアフリカの人々を奴隷として送り出す「奴隷貿易」が行われていました。その他にも、白人社会のための人種差別政策「アパルトヘイト」や、ナチスドイツによるユダヤ人迫害・大虐殺「ホロコースト」、1994年に内戦にまで拡大した「ルワンダ大虐殺」、そして2020年ミネソタ州で起きた「ジョージ・フロイト氏 暴行死事件」など、世界中で、なおかつ、依然として人種差別は続いています。
ダイバーシティのマネジメント
小笠原教授は著書の中で次のように説明しています。
ダイバーシティの価値を評価することは、ダイバーシティへの適応への学習プロセスでもある。すなわち、表面レベルあるいは深層レベルにおいて、まずは自分や他人と異なるという事実に「気づき」、そしてその違いを認識して理解するという「承認」、最後にそれを受け入れるという「受容」というプロセスである。(中略)ダイバーシティをマネジメントするには、時間的な要因と課題要因(その組織やプロジェクトが必要とする要因)がかかわるが、そこでは表面レベルでのジェンダー、障害の有無、年齢、人種などへの適応とともに、観察が不可能な深層レベルにおける教育や様々な能力を見極め、それらを活性化する(活かす)ということが必要となる。
従って、表面レベルへの”適応”と深層レベルの”活性化”によりダイバーシティのマネジメントが実現できるとしています。
昨今の企業でも、女性リーダーの育成や男性の育児休暇率の向上、宗教を考慮した小部屋の設置や食事の手配など、D&I(ダイバーシティ&インクルージョン)の実現に向けた戦略に取り組んでいます。また教育現場でも、障がい者スポーツの体験や多様性をテーマとした講演やディスカッションなどが行われるようになりました。
「ダイバーシティ」から考える次の時代の教育
多様性を語れなかった時代から、多様性を認め合おうとする時代へと変わろうとしています。この多様性を認め合う社会の実現に向けて大切なのは、「すべての人がユニークな存在である」という前提のもと自他を”愛する”チカラです。(”愛される”ではない点については後述します。)
愛するためには経験知(体験知)が不可欠です。アンコンシャスバイアス(無意識の思い込み)を払拭するためにも、まずは”挑戦(体験)”してみることが非常に有効です。車椅子で生活してみることや、暗闇の中で会話や食事をとってみることなど、身近なことから、バーチャル技術を活用したものまで幅広く挑戦(体験)してみましょう。
誰かにとっての”普通”でも、違う誰かにとっては”普通”とは限りません。また生きている上で、仮に今は不自由なく過ごしていても誰しもが配慮される可能性を持っています。お互いを愛することができる、やさしい世界を築こうとする人を育てることが求められています。